「見方を変える」
主観と客観という言葉があります。
主観は勿論、第一人称である「自分」の観方。
客観とは、相手の立場(二人称)から見る「相手」の観方。
そして実はこれだけではなく、
第三者から見ている、観方があるのです。
平行レベルではなく、そこに高さを伴ったもの。
つまり、自分と相手を同時に観ている立場。
それを「ニュートラル」とも言います。
通常私たちは、「自分」の事を考え
そこからのみ判断する事が多いのでは
ないでしょうか・・・・・。
しかし、その範囲を少し拡げてみるだけで
実は、物の観方が変わり、
結果、窮屈から自由になる感じがする位
楽になっているのです。
たったこの難しい言葉でいうと
「知覚位置」を変えるだけで、なのです^^
幼い頃言われませんでしたか?
「相手の立場にたってごらんなさい」って。
本当に相手の立場になったら
自分の位置がはっきりしてきます。
相手から見るとどう見えているか?
どう思われているか?
それを両方から見る事が出来るのも
私たちの特権でもあるのです。
人って素晴らしい才能がありますよね^^/
これは相手が怒っているときだけでなく
喜んでいるときも同じなのです。
喜怒哀楽はとても大事な感情でもありますが、
それを超えていくと、ニュートラルとなり
(決して喜怒哀楽がなくなるわけではありません)
更に、歓びは倍増し、悲しみは半減し
怒りなどは無くなっていきます。
*元々怒りとは、相手に向かうのではなく
自分に対して腹が立っている状況です。
こんなことは皆さんは既に十分知っている事、
だと思います。・・が、その実践をしている人は
もしかしたらまだ少ないかも^^
まずは自分がやってみる事から!
やってみるとは、何かを掴むまでの事。
それをFB(フィードバック)と言います。
きっとこれまでの何かが変わり始めます。
自分の殻が破れていきます。
それは制限がなくなる事かもしれないし、
自由になるということかもしれません^^
見方を、観方を変えていきましょう^−^///
必ず変わっていきます!!!
∞あい 織日女
主観は勿論、第一人称である「自分」の観方。
客観とは、相手の立場(二人称)から見る「相手」の観方。
そして実はこれだけではなく、
第三者から見ている、観方があるのです。
平行レベルではなく、そこに高さを伴ったもの。
つまり、自分と相手を同時に観ている立場。
それを「ニュートラル」とも言います。
通常私たちは、「自分」の事を考え
そこからのみ判断する事が多いのでは
ないでしょうか・・・・・。
しかし、その範囲を少し拡げてみるだけで
実は、物の観方が変わり、
結果、窮屈から自由になる感じがする位
楽になっているのです。
たったこの難しい言葉でいうと
「知覚位置」を変えるだけで、なのです^^
幼い頃言われませんでしたか?
「相手の立場にたってごらんなさい」って。
本当に相手の立場になったら
自分の位置がはっきりしてきます。
相手から見るとどう見えているか?
どう思われているか?
それを両方から見る事が出来るのも
私たちの特権でもあるのです。
人って素晴らしい才能がありますよね^^/
これは相手が怒っているときだけでなく
喜んでいるときも同じなのです。
喜怒哀楽はとても大事な感情でもありますが、
それを超えていくと、ニュートラルとなり
(決して喜怒哀楽がなくなるわけではありません)
更に、歓びは倍増し、悲しみは半減し
怒りなどは無くなっていきます。
*元々怒りとは、相手に向かうのではなく
自分に対して腹が立っている状況です。
こんなことは皆さんは既に十分知っている事、
だと思います。・・が、その実践をしている人は
もしかしたらまだ少ないかも^^
まずは自分がやってみる事から!
やってみるとは、何かを掴むまでの事。
それをFB(フィードバック)と言います。
きっとこれまでの何かが変わり始めます。
自分の殻が破れていきます。
それは制限がなくなる事かもしれないし、
自由になるということかもしれません^^
見方を、観方を変えていきましょう^−^///
必ず変わっていきます!!!
∞あい 織日女
- 2016.02.05 Friday
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